観世流能楽師・中所宜夫の「能楽雑記帳」

第十四回  世阿弥の修羅能  「兼平」と「知章」について

来たる4月14日、観世九皐会(矢来能楽堂)で「知章(ともあきら)」という曲をいたします。また、先日は緑泉会で「兼平」という曲の地頭を務めました。二曲とも世阿弥作の修羅能ですが、演じられることのまれな曲となっています。

 

世阿弥の修羅能

世阿弥の修羅能(注)といえば「忠度(ただのり)」「屋島」「敦盛」が個人的には最高傑作ですし、「実盛」「頼政」の老武者の曲も人気が高く、親しみ深いものですが、「兼平」となると同じ木曽物である「巴(ともえ)」い人気度でははるかに劣り、「知章」となるとほとんど上演されません。

しかし、この二曲が駄作であるかというと、決してそんなことはありません。先日の兼平も、見所の手応えはまず上々だったように感じました。

 

 

木曽義仲の乳兄弟・兼平

「兼平」は、木曽義仲の乳兄弟、今井四郎兼平の幽霊が後シテとして登場しますが、前段の仕立てに特徴があります。

「兼平」あらすじ

木曾から義仲の弔いをしようと粟津ヶ原へ向かう僧が、琵琶湖東岸の矢橋の浦までやって来て、行き合った柴舟に便船を乞う。難色を示す船頭に、出家を向こう岸に渡せば、死後の彼岸への渡りが容易になることを説いて、僧は湖上の人となり、辺りの名所、特に比叡山や波止土濃(はしどの)の場所を船頭に尋ね、船頭もそれに答えて詳細に語る。ところが対岸の粟津ヶ原に着くと、船頭も柴舟も忽然と消えて、僧だけが一人残されている。その夜弔いをする僧の夢枕に甲冑(かっちゅう)姿の兼平が現れ、昼間の船頭は自らであったことを語り、お経の力で彼岸へ渡してくれるよう願って、粟津ヶ原の合戦の有様を物語る。散々にうち負けて終には主従二騎となり、自害を勧める二人のやりとり、義仲が単騎落ち行く途中、深田のぬかるみに馬を落とし、立往生しているところに流れ矢で落命した有様などを詳細に語り、自分を置いて主君の弔いを頼む。最後に兼平自らの最期の有様を見せて終わる。

主君への忠義と、無私の振舞いから、剛直一途の武者のありようが描かれ、特に終曲は「太刀を咥(くわ)えつつ逆様に落ちて、貫かれ失せにけり。兼平が最期の仕儀、目を驚かす有様なり。目を驚かす有様」の言葉で閉めて、弔いを乞いさえしない姿勢が印象的な曲です。

 

 

南北朝のドラマが潜む

 

また前段の舟のくだりには、私は南北朝期のドラマがそこに潜んでいるような気がしてなりません。比叡山から八王子へ視線を移し、比叡山が王城の丑寅の鬼門を守っていることに言及するには、後醍醐天皇が京を脱出して、比叡山へ赴いたことが前提になっていると思います。ちょっと調べがついていないのですが、波止土濃は新田義貞と関係があったように思うのです。

突然、新田義貞などと名前を挙げると唐突かも知れません。しかしこの『兼平』はそもそも義貞の魂を鎮める曲なのです。木曽義仲も新田義貞も直接に前政権である、平家の六波羅政庁と鎌倉幕府を滅ぼしながら、新政権から排斥されて滅ぼされています。新政権を打ち立てた頼朝とは従兄弟、足利尊氏と新田氏は隣り合う領地で諍(いさか)いも多かったものの、ともに源氏正統の血を誇る同族であったことも共通しています。またともに深田に馬の足を取られて立往生しているところを、流れ矢に当って落命しています。それでは何故義仲ではなく兼平なのでしょうか。

そこには戦いの中、大将の蔭で無私の命を落した多くの忠義の武者達の存在があると思います。

 

 

清盛の孫・知章

 

一方「知章」は、清盛の三男で壇ノ浦の合戦では総大将を勤めた知盛の息子です。後シテではこの知章が、華やかな甲冑姿の若武者として登場しますが、問題はこの曲の前シテです。直面(ひためん:能面を用いず素顔で演じることをこのように言います。演者の顔をそのまま面=おもて=として扱うという意味です)の里人なのですが、これは普通、知章の化身として解釈されています。

「知章」あらすじ:

春の訪れに誘われるように西国より都へ上る僧が、舟で上って行くと、海際に関を設けた浦(須磨の浦)に行き着く。磯辺に上ってみると、新しい卒都婆が立てられて「物故(もっこ)平知章」と書かれている。平家一門の中のどの人だろうと思いつつ供養していると、呼びかける里人があり、知章とは知盛の子息で、如月七日にこの一の谷の合戦で討たれたこと、今日がその日であるから所縁の人が卒都婆を立てたことを語り、ここに行き合った縁で回向してくれるように頼む。里人と僧は二人して懇ろに弔う。その後、僧が知盛の最期はどうであったのかを尋ねると、里人は、知盛が名馬・井上黒(いのうえぐろ)を泳がせて遥か沖合の御座船に逃れたこと、その馬が船に乗せられずに岸へ泳ぎ帰り、主人を慕って別れを惜しんだことを語る。夜になり僧がこのまま弔いを続ける由を述べると、里人は自分も平家一門の者であるからと弔いを頼み、名を尋ねられるのに答えて、「今は何をか裹み井(つつみい)の。水隠(みがく)れて住むあわれ世に。亡き跡の名は。白真弓の」と言葉を残し、須磨の里でもなければ、野山でもなく、海の方へ行くかと見えて、海鳥が波に浮き沈みして姿が見えなくなるように、後姿も見えつ隠れつしながら消えてしまう。

そしてその夜、読経する僧の前に知章の幽霊が現れて、一の谷での最期の有様を物語る。敗戦となり殿(しんがり)を務めた父知盛を、武蔵守知章と監物太郎頼賢の二人で沖へ逃したこと、知盛が御座船で兄宗盛に我が子を犠牲にして生き伸びた悔しさを語ったこと、宗盛も知章を傷み涙を流したことに続き、自らの最期の有様を詳細に仕方噺に語り、その弔いを頼んで終曲となる。

この前シテの里人ですが、名乗りの言葉を見ると「亡き跡の名はわからない」と言っているのにもかかわらず、知章の亡心と一般に解釈されているのに、私は疑問を覚えます。これはむしろ父の知盛の亡心でなければおかしいのではないでしょうか。知章が自分の弔いを頼みに現れたのではなく、父知盛が自分の身代りにこの地で亡くなった、我が子知章の供養を頼んでいるのです。愛馬井上黒の別れの有様を物語るのも、知章が語るのでは何だか焦点がずれていますが、知盛が語るのであれば、一の谷に捨てて来た自らの分身を、二つながらに供養しているのだと解釈できます。

 

 

犠牲者たちの鎮魂

 

南北朝の争乱というのは、「太平記」を読んでみると分かるのですが、本当に戦いに継ぐ戦いで、しかもそこに脈絡が見えないのです。足利尊氏にしてもここぞという一大決戦に何回も敗れ、本当にこの人が後の幕府を建設するのだろうかと思われるほどです。観阿弥はこの騒乱の最中に生を受けて育ち、世阿弥は足利幕府が何とか大名たちをまとめあげて、南北朝を統一するさまを目にしています。ようやく訪れた平和を思うとき、神能の次第でワキが「げに治まれる四方の春」とか「国も治まる」云々とか謡う言葉がなるほど実感となって迫って来ます。そのような時代に世阿弥は、争乱の中で死んだ多くの魂に想いを寄せただろうと思うのです。この人はおそらくその生の若い頃に、神秘体験をしています。空海が室戸で流星を呑み込んだようなことが、世阿弥にもあったはずです。それでなければあのような夢幻能を生み出すことはなかったと思います。空海が「真言」を生み、世界は言葉で出来ていると言ったように、世阿弥は、歌の言葉が鬼神を動かすと言い、「能」を作ったのです。

そのような世阿弥にとって、ようやく訪れた平和を維持するためには、犠牲になった魂を鎮めることがとても大切なことでした。親をかばって討死にした若武者たち、主人のために単騎奮闘する子飼いの家来たち、名のある大将で一時は名を成しながらも敗れ去った者たち、そういう人々の魂を弔う作品を作らずにはいられなかった世阿弥の心を思います。「兼平」と「知章」はまさにそういう作品なのではないでしょうか。二曲とも曲の構成など似ている部分が多く、おそらく同じ頃に作られた作品だと思います。こういう作品を作った上で、さらに洗練を目指して作られた作品が、「忠度」「敦盛」などの最初に挙げた人気曲なのではないでしょうか。もとより私は学者ではないので、資料にあたって制作年代を検討するなどのことは出来ませんが、実演者として曲と向い合った時、このようなことを思うのです。

注:武人がシテになる曲

 

【中所さんの舞台】

多摩らいふ倶楽部「「中所宜夫の能楽よもやま話 能面について」    3月11日10-12時、青流台(五日市線秋川駅北口徒歩5分)。中所さんが能面を見せながら話す。定員20人。参加費2500円。《申》042-526-7777多摩らいふ倶楽部。

【http://www.tamalife.co.jp/02_event/index.html】

◆観世九皐会四月例会    4月14日13時、矢来能楽堂(地下鉄東西線神楽坂駅2番出口=矢来口=徒歩2分)。中所さんによる能「知章」、善竹十郎さんの狂言「文相撲」、観世喜之さんらによる仕舞「雲林院」、長山禮三郎さんの能「海士 赤頭三段之舞」上演。正面指定席6000円、脇・中正面指定席5000円、自由席4000円、学生2000円。《申》042-550-4295またはメール nakashonobuo@nohnokai.com中所宜夫能の会。

http://www.kanze.com/

◆多摩らいふ倶楽部「「中所宜夫の能楽よもやま話 謡について」    4月19日10-12時、青流台(五日市線秋川駅北口徒歩5分)。中所さんが能面を見せながら話す。定員20人。参加費2500円。《申》042-526-7777多摩らいふ倶楽部。

【http://www.tamalife.co.jp/02_event/index.html】

 

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