観世流能楽師・中所宜夫の「能楽雑記帳」

 

第十一回 能を創作するということ

 

前回「太平記と能(1)」としましたので、当然「太平記と能(2)」となるはずですが、ちょっとこの大上段なタイトルが重荷となってしまい、先を書き進めなくなってしまいました。そこで今回は少し視点を変えて、最近の私の状況をお話ししつつ、「能を創作するということ」――しかしこれも前回同様大上段なタイトルですね――について書いてみたいと思います。

舞台が続く日々

 

 

4月28日に観世九皐会春季別会で「山姥(やまんば) 白頭」という曲を国立能楽堂でいたしました。タイトルの示すように、私の所属する観世九皐会が春と秋に行っている特別の会で、シテをつとめさせていただいたわけです。「山姥」という曲は世阿弥作と思ってほぼ間違いない名曲です。山に住む鬼女と世間一般では考えられている山姥が、世阿弥の手にかかると、自然界を象徴する精霊のような存在として私たちの目の前に立ち現れて来るのです。この日の舞台は一応私がここまで能の道を歩んできた、ひとつの記念碑と言って良いような舞台になったと思います。

「山姥」前シテ (撮影:芝田裕之)

「山姥」後シテ (撮影:芝田裕之)

その大きな舞台が終ってホッとする間も無く、愛知県豊橋市のNPO法人三河三座の方から、七月二十八日(土)に新作能による薪能を豊橋市の吉田城本丸広場で上演してもらえないかとのお電話を頂戴しました。私はこれまで、宮澤賢治の童話「ひかりの素足」を元にした能「光の素足」に続き、中原中也による「中也」、丸山薫による「鶴の葬式」と、詩人の作品をもとにした新しい能の創作をして来ました。このうち「鶴の葬式」は豊橋市にある愛知大学の権田浩美先生からの依頼で、学内の学会発表の場にまだ極々試作品という形で発表させてもらったものでした。この時の舞台をご覧下さった三河三座役員の方がいらしたらしく、豊橋市ゆかりの詩人・丸山薫の作品を是非能にして欲しいと言うことなのです。しかし丸山の作品はまだ一曲の能としてお見せ出来る段階にありませんし、期日も迫っているということで、役員の方ともお話しして、既に四回の能公演の実績がある「光の素足」をさせて頂くことになりました。

新作能「光の素足」

ところでこの「光の素足」には、シテの光の素足がツレの一郎少年に世のことわりを語り聞かせる舞の場面があり、その部分が「雨ニモ負ケズの曲舞(くせまい)」という形式になっています。世阿弥作の能「山姥」でも、シテの山姥はツレの遊女の奏でる「山姥の曲舞」を引き継ぐようにして、自然の摂理を語り舞いますが、私はこの「山姥の曲舞」に習って「雨ニモ負ケズの曲舞」を創作したのです。

曲舞と言う芸能は、観阿弥や世阿弥の頃には盛んに行われていたもので、物語を語る手法として大変優れていたもののようです。観阿弥はこの曲舞を猿楽に導入し、劇空間としての奥行を深めることに成功しました。現行の能の曲の中でも「山姥」「百萬」「歌占」などの曲舞は、曲舞本来の原型を留めていると言われ、共通の形式を備えています。また、信長が愛好したといわれる幸若舞は、後にこの曲舞から派生したもののようです。

新しい能を創作するわけ

 

新作能は最近ではいろいろな方が取り組むようになりましたが、少し前までは伝統を破るものとして白眼視されていました。今でも正当な評価を得ているとは言えないと思いますが、そのような中で私が新しい能を創作する理由は大きく分けて二つあります。

一つは現代の多くの人が能を鑑賞する上で最も大きな障害となっている言葉の問題を解決すること、もう一つは実際に創作することによって、古典の作品に対する理解が深まって行くことです。

後の方の理由については、そうして気がついた様々のことを、既にこの能楽雑記帳に書かせていただいていますが、今回はその最初の理由の部分について少し書いてみようと思います。

「雨ニモ負ケズの曲舞」を創作した時に確信したのは、言葉に施されている能の音楽、これを謡(うたい)とか謡曲(ようきょく)とか言いますが、この音楽は日本語の持つ音律の根幹の部分から生まれていて、結果、言葉の持つ意味を表現する、非常に有効な手段となっているということです。しかし古典作品を鑑賞する時は、語られる言葉が室町時代の言葉ですから、聞いても意味が分らないのです。しかし逆に言えば、七百年前の言葉を使いながら今なお生きた舞台芸術として能が機能し得ているのは、謡の持つ音楽構造が日本語の音律と非常によく合っているからだとも言えると思います。歌曲やジャズやロックはやはりそれを生んだ国の言葉のものであり、その導入の頃に日本語で歌われたものを聞くと、いかにも不自然な印象を受けます。最近になって和製のポップスが多くの人に訴える力を持って来たのは、そのための言葉がようやく出来てきた、というよりも現代日本語というものが、欧米語と同じ外套を纏(まと)うことに慣れてきた、その外套を纏っていることさえ意識されなくなってきたためだと思います。

「雨ニモ負ケズ」を謡った時、やはり日本語本来の音律は謡曲の中にあるなぁと実感したのですが、それがその後の詩人へのアプローチへと繋って行きました。しかし問題も沢山あります。現代日本語には西欧語の音律が混ざっていて、それが謡曲とは馴染みにくいのです。謡曲の構造の中にその音律を表現する技術を導入するということも、もちろん検討されるかとは思いますが、私はむしろ、現代日本語が忘れかけている本来の姿を、謡で謡うことによって再発見して行きたいと考えています。

二つの「能楽らいぶ」

 

今月、私には二つの能楽らいぶが予定されていました。一つは三日に行われた岩手県北上市の「慶昌寺花まつり能楽らいぶ」、もう一つは十七日に青梅市の吉川英治記念館で行われる「青梅アートジャム能楽らいぶ」です。

青ジャム能楽らいぶでは、吉川英治没後五十年ということで吉川英治に捧げる能楽らいぶ、「高時曼荼羅 〜私本太平記より〜」をいたします。前回にも書かせていただきましたが、「私本太平記」の中でも特に大きな影響を受けた「高時曼荼羅」の一章を、全く一曲の能に仕立てて演じてみようというのです。現在その創作の最中ですが、やってみるとなかなか面白い作業で、吉川英治という稀代の語り部なればこその一曲になると思います。

既に終ってしまった「花まつり能楽らいぶ」ですが、それについてのまとめをツイッターに投稿しましたので、それをもとに最後にまとめてみたいと思います。

毎年六月の第一日曜におこなっている慶昌寺の花まつり能楽らいぶですが、今年は福島県在住の詩人の和合亮一さんをゲストにお招きしました。昨年はその状況にも関わらず、ご住職のたっての希望で「光の素足」をさせて頂きましたが、その流れを受けての今年の企画となりました。

和合さんは以前からお付き合いがあり、震災後のツイッターでの投稿もいち早く見届け、その無事を喜んだのでした。震災後の状況の中で、能にしか出来ない事を自分なりに探って行く中、「詩の礫」を能に作る事は当然考えられる選択肢の一つでした。しかし多くの音楽関係の方がアプローチしてゆく中、私はなかなかそれを満足出来る形で作品化する事が出来ませんでした。今回はらいぶという場を得る事が出来ましたので、取りあえずそれをコラボという形で実現しようと思いました。

コラボと言っても、お互いが筋書きに合わせて交互に演じるようなものではなく、謡いと朗読が即興的に同時進行してゆくものです。和合さんも最初はこのやり方に戸惑われたようですし、言葉の意味を捉えようとした多くのお客様も同様の困惑があったようです。しかし能は音節に依らずもっと直接に意味を届けようとする部分があり、その波動なり気の流れなりを、和合さんの朗読と交歓することで、他の方法では不可能な何かを表現出来るのではないかと思いました。

このコラボを全体の第一部として、第二部には古典の曲から「殺生石」を、そして第三部に、これも新作の「花奉(はなたてまつる)」という能舞をいたしました。

第一部の前半は「詩の礫」の中でも最も危機感に富む最初の五日間からの言葉を中心に、私が再構成した謡いに、同時期のツイートからランダムに選んだ断片を和合さんが朗読しました。

後半は前日の2日の朝に和合さんがフェイスブックに投稿した詩と、安冨歩さんの「生きるための論語」から「怒りを遷さず」の部分のモチーフとを、組合せて曲にしたものに、和合さんが同じように朗読を重ねました。最初に泣かされました、というお客様も多く、概ね意図したことは実現したと思います。

和合さんとのコラボのもう一つの狙いは、和合さんに能の感覚を体感してもらいたかったことです。狙いと言うと少々傲慢に聞こえるかも知れませんが、終わった後のトークの中でお話しされているのを聞いていて、ああ自分はこういうことを知って欲しかったのだ、と後から分かった感じです。

第二部は「殺生石」です。かねてからこの曲に出てくる玉藻の前が、放射性物質の比喩のように感じていたのですが、萩尾望都さんの「なのはな」に納められたプルート夫人などを見るにつけ、最近に至って益々その感を強くしていました。インド・中国から日本に渡り、王朝に災いをもたらして来た悪魂が、鳥羽院の御代に寵愛を集めた玉藻の前です。もとより架空のお話しだと思います。陰陽師の安倍泰成によって朝廷から追い払われた悪魂は、那須野の原に飛び来って、近づく生き物を殺してしまう殺生石となって恐れられていました。これを玄翁道人が供養して鎮める、というのが能のお話です。鳥羽院から玄翁まで二百年位です。以前は、二百年なんてなるほど昔話ならではの随分大袈裟な時間だ、と思っていましたが、セシウムなどの放射性物質だと思えば、そんな簡単に鎮められるわけはないなあ、と思ってしまいます。

第三部の「花奉」は、ツイッターで紹介されていた石牟礼道子さんの詩「花を奉る」を、ほぼ原詩のまま節付けしたものですが、まるで夢幻能の後場のような仕上がりになりました。「今」とにかく「花」を捧げて祈るという行為の中に、生きる希望を見出そうとする作品で、これをもとに一曲の能が創作出来るのではないかと模索中の作品です。お客様からも高く評価されて、是非これを能にして下さい、との言葉を頂きました。思えば「雨ニモ負ケズ」の曲舞を発表した時にも、同様の言葉を頂戴しました。まだどのようなストーリーの中でこの詩が謡われるのかが見えてこないので、能になるのはどれ程先か分りませんが、この先何回かこの作品を演じていく中から、きっとひとつの能になってゆく、その方向が見えてくるのではないかと思います。

「山姥」を四月に終え、次の九月の「呉服(くれは)」の公演まで、暫くゆっくり出来るかと思っていたのですが、二つの能楽らいぶに向けての創作に、急な「光の素足」の公演に向けての諸事が重なり、思いもかけない忙しさに追われているこの一カ月です。

 

 

【中所さんの舞台】

◆青梅アートジャム能楽らいぶ 吉川英治へ捧ぐ「高時曼荼羅~『私本太平記』より~」   6月17日14-16時、吉川英治記念館(青梅線二俣尾駅徒歩15分)。新田義貞が攻め寄せ、焼け落ちる炎の中で薙刀を手に舞を舞う、鎌倉幕府最後の執権・北条高時の最後の姿を描く。書き下しの新作能の初演ひとりらいぶ。定員50人(要予約)。3000円。青梅アートジャム主催。

《申》042-550-4295中所宜夫能の会。

◆第6回吉田城薪能 「宮沢賢治を現代能に」    7月28日18時半、吉田城本丸広場(豊橋駅東口から市電に乗り、豊橋公園前下車、徒歩5分。雨天の場合は近くの豊城中学体育館)。東日本大震災犠牲者への鎮魂を込めた創作能「光の素足」のほか、舞囃子「山姥」、狂言語り「童話『ひかりの素足』より」も。チケット3800円(小中高大学生1000円)はチケットぴあ(電話0570-02-9999。Pコード421-632)で発売。吉田城薪能実行委員会主催。

事前講座  7月14日14時、豊橋公園内三の丸会館。中所さんが「私が能を創る理由」の題で話す。入場無料。

《問》090-7438-9779伊藤。

◆観世九皐会例会   9月9日13時、矢来能楽堂(地下鉄東西線神楽坂駅2番出口=矢来口=徒歩2分)。中所さんによる「呉服(くれは)」と、桑田貴志さんによる「天鼓」上演。正面指定席6000円、脇・中正面指定席5000円、自由席4000円、学生2000円。

《申》03-3268-7311観世九皐会事務局。

http://www.kanze.com/

 

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