観世流能楽師・中所宜夫の「能楽雑記帳」

 

第十三回  「誓願寺」と「老松」

 

 

 

前回「自然居士」と「東岸居士」を取り上げて、観阿弥と世阿弥の能に対する姿勢の違いを書きました。戯曲としての面白さが特徴の観阿弥。宗教的な高揚感の再現を目指す世阿弥。観阿弥の能ではあくまで叙事的な内容であった曲舞を、世阿弥は難解で宗教的な教えや説法を解り易く表現するために用います。

「東岸居士」ではこの曲舞の仕立てだけが呈示されていますが、二曲を比べればやはり圧倒的に「自然居士」の方が面白いのです。そこで世阿弥はそこからもうひと工夫して、今、学者が「複式夢幻能」と呼ぶ形式を生み出したのではないでしょうか。

 

シテ「和泉式部」、ワキ「一遍上人」の「誓願寺」 

 

先日「誓願寺」という曲の演能に参加しました。美しい曲ですが二時間に及ばんとする大曲のうえ、シテが和泉式部であるため、源氏物語や伊勢物語に取材した作品に比して、今となってはさして親しみのある素材ではないということで、あまり演能にかからない曲です。ワキが一遍上人であり、さまざま独自な仕立てがなされていたりするため、私はこの曲は世阿弥の作品だと考えています。

熊野権現の神託を得て宗教的開眼をした一遍が京に上り、誓願寺で「六十萬人決定往生」の御札を配っていると、美しい女人が現われて御札の文言に疑義を挟む。一遍が夢で得た四句の文「六字名号一遍法。十界依正一遍体。万行離念一遍証。人中上々妙好華。」の説明をすると女人は疑いを晴らし、和泉式部の幽霊であることを仄めかして姿を消す。後段では歌舞の菩薩となった和泉式部が現れ、一遍に美しい舞を舞って見せる。

ここで舞われる曲舞の文言は次のようなものです。

「笙歌遥かに聞ゆ、孤雲の上なれや。聖衆来迎す、落日の前とかや。昔在霊山の御名は法華一仏。今西方の弥陀如来。慈眼視衆生現れて、娑婆示現観世音。三世利益同一体。ありがたや我等が為の悲願なり。「若我成仏の、光を受くる世の人の。「我が力には往き難き。御法の御舟の水馴棹。ささでも渡る彼の岸に。到り到りて楽しみを極むる国の道なれや。十悪八邪の迷いの雲も空晴れ。真如の月の西方も。此処を去る事遠からず。唯心の浄土とは。この誓願寺を拝むなり」

 

謡の声と囃子の響きの中に、このような宗教的感興を表現しようというのが、世阿弥の目指すところであり、そういう意図が非常に端的に表現されているのが、この「誓願寺」という曲のように思われます。

 

宗教的感興を求めながら趣きを異にする「老松」

 

やはり世阿弥の作品で、同じ宗教的感興を求めた曲ながら、「老松」は著しく趣きを異にしています。

北野信仰に熱心な梅津某が、筑紫安楽寺へ参れという霊夢を得てやって来ると、庭を掃き清める老人と若者に出会う。飛梅の所在を尋ねると、目前の梅を「紅梅殿」と呼んで崇めている旨に続き、傍らの松を名高い「老松(追い松)」だと教える。梅津某が「なほなほ当社の謂はれ委しく御物語り候へ」と促すのに答えて、老人は社殿の有様に続いて梅と松についての故事を語って聞かせる。

そうこうするうちに夕暮れとなり、若者と老人は「神さびて」消え失せる。その夜松蔭に休む梅津の前に老松の精が老体の神姿で現れ、荘厳な舞を見せる。

「誓願寺」で舞われる舞が「序之舞」であるのに対し、「老松」で舞われるのは「真(神)之序之舞」なのです。どちらもゆったりとした静かな舞ですが、前者は柔らかく優しい趣きで、後者は堅固な荘厳さを持っています。若く美しい女性の舞と神々しい老人の舞です。印象が違ってくるのは当然でしょう。

さてこの「老松」ですが、この曲も「誓願寺」ほどではないにしろ、あまり上演されない曲となっています。和泉式部にしろ北野信仰にしろ、現在は少しく縁遠いものになっているため、どうしても難解な印象を与えてしまいます。そこにまた「老松」については、世阿弥の思惑が重なっていて余計理解しにくいのです。実は、私も長らくこの曲の仕組みが見えていなくて、何ともつかみどころのない曲のように思えていました。しかし気がついてみると、そこに「老松」独自の深みが見えてきました。多少のひとりよがりもあるかと思いますが、少しご説明したいと思います。

 

 

「老松」独自の深み

 

 

先程、極く簡略に「老松」のあらすじを書きました。しかし話の流れとして少し変だと思われませんでしたか。梅津さんが「なおなお当社の謂れを委しく教えて下さい」と言っているのに、老人は見ればわかる周りの情景に続いて、梅と松の中国の故事を引くのみで、当社への謂れや、菅原道真に関する飛梅や老松のことは何も語らないのです。その部分の詞章、少し長いのですが引用します。

ワキ「なほなほ当社の謂れ委しく御物語り候へ。(サシ)シテ「まづ社壇の体を拝み奉れば。北に峨々たる青山あり。地「朧月松閣の中に映じ。南に寂々たる瓊門あり。斜日竹竿の下に透けり。シテ「左に火焔の輪塔あり。地「翠帳紅閨のよそほひ昔を忘れず。右に古寺の旧跡あり。晨鐘夕梵の響き絶うることなし。(クセ)「げにや心なき。草木なりと申せども。かかる浮世の理をば。知るべし知るべし。緒木の中に松梅は。殊に天神の御慈愛にて。紅梅殿も老松も皆末社と現じ給へり。「さればこの二つの木は。我が朝よりもなほ。漢家に徳を顕し。唐の帝の御時は。国に文学盛んなれば。花の色を増し。匂ひ常より勝りたり。文学廃れば匂ひもなく。その色も深からず。さてこそ文を好む木なりけりとて梅をば。好文木とは付けられたれ。さて松を。太夫と云う事は。秦の始皇の御狩の時。天俄かにかき曇り。大雨頻りに降りしかば。帝雨を凌がんと。小松の蔭に寄り給ふ。この松俄かに大木となり。枝を垂れ葉を並べ。木の間透間を塞ぎて。その雨を洩らさざりしかば。帝、太夫と云ふ。爵を贈り給ひしより。松を太夫と申すなり。シテ「かやうに名高き松梅の。地「花も千代までの。行末久に御垣守。守るべし守るべしや。神はここも同じ名の。天満つ空も紅の。花も松も諸共に。神さびて失せにけり。あと神さびて失せにけり」

 

ここで梅に託して文学の栄えを良きこととし、松に託して忠義を称えていることは注目しなければいけません。そこに学識と文芸に秀で、宇多天皇と醍醐天皇に忠義を尽した道真の姿が見えます。平安期の道真の怨霊への怖れは甚しく、その霊鎮めのために北野天満宮が造営されたのですが、室町期には霊験新たかな神として広く信仰を集めていました。世阿弥は怨霊としての道真ではなく、文芸に勝れ、神意に通じた先達としての道真を描きたかった、そこには道真の悲劇は不必要だったのだと思います。今「先達」と書きましたが、私は世阿弥は本当にそのように感じていたのではないかと思うのです。室町幕府の中枢にあって、猿楽の能本作者としての自分を道真に重ね、道を極めることにより本当に歌舞の菩薩、芸能の神たらんとしていたのです。

 

 

道真と世阿弥

 

それにしても‥、と後年の世阿弥を知る私たちは思うのです。「罪なくして配所の月を見」た世阿弥は、まるでそれを予見して道真に自らを仮託していたようでもあります。以前に、世阿弥を流罪とした足利義教を暗殺した嘉吉の変は、赤松満祐を実行者に仕立てて、音阿弥元重が首謀したものかも知れない、というようなことを書きましたが、怨霊になってしまった道真に対して、芸能者としての面目躍如たるものがある、と思うのは少しうがち過ぎでしょうか。さらにここに、宗教者でもなく、為政者でもなく、実業家でもない、私たち芸能者が今という時代に何をするべきなのかを、学ぶことが出来るのではないでしょうか。

 

【中所さんの舞台】

観世流緑泉会例会    12月1日13時、喜多六平太記念能楽堂(目黒駅西口徒歩7分)。中所さんが能「老松」を演ずるほか、大蔵吉次郎さんによる狂言「地蔵舞」、桑田貴志さんによる能「巴」も上演。入場料6000円(学生3000円)。《申》042-550-4295、またはメール nakashonobuo@nohnokai.com中所宜夫能の会。

◆第十五回くにたち学生能楽会「天鼓」    12月8日13時半、一橋大学兼松講堂(国立駅南口徒歩5分)。中所さんが指導する一橋観世会の公演。番外仕舞として津村禮次郎さんが「葵上」を、中所さんが「歌占」を演ずる。無料。《問》080-6353-4698、またはメールhit_kanze@hotmail.co.jp  上結。

◆名古屋観世九皐会新春公演    2013年1月20日13時、名古屋能楽堂(地下鉄鶴舞選浅間町駅、または地下鉄名城線市役所駅下車、名古屋城正門南)。中所さんが「翁」を演ずるほか、大野弘之さんによる狂言「昆布売」、観世喜正さんによる能「望月」も上演。正面指定席5000円、脇正面・中正面自由席4000円、学生自由席2000円、未就学児入場不可。《申》042-550-4295またはメール nakashonobuo@nohnokai.com中所宜夫能の会。

◆OTODAMA/KOTOODAMA~音とコトバの宇宙論(コスモロジー)~   2月2日18時、3日14時、くにたち市民芸術小ホール(南武線矢川駅徒歩10分)。中所さんとパーカッショニスト・加藤訓子さんが共演。全席指定前売り4000円、当日4500円。《申》042-574-1515同ホール。

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